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セミナーで扱う本の紹介(2009年度)

目次

志賀浩二, "位相への30講"

位相とは, 集合において「繋がり」を記述するために必要となる概念です. この概念は, 数学を学ぶうえで欠かせない概念です.

では, この「繋がり」はどのように考えるとよいものなのでしょう. そのために「近さ」というものを考えてみます. 例えば, 実数全体の集合を考えてみましょう. 2数に関する近さを表すものとして, 2数の差の絶対値が考えられます. そして, この差の絶対値を用いて, 収束・連続といった「繋がり」を表すものが定義されます. 実数全体の集合は数直線とみなすことができますが, 平面・空間においても同様の議論が可能です(「近さ」を表すものとして, 2点間を結ぶ線分の長さを考えればよい).

考えるうえで「近さ」というものが必要不可欠となる概念は先に挙げた収束・連続に限りません. 上で述べた数直線・平面・空間における2点間を結ぶ線分の長さについては, 非常に扱いやすいものです. いくつかの都合のよい性質をみたす, 集合の2元に対して実数を対応させる関数を距離関数というのですが, ここで挙げた例はそれに該当します. 距離関数の定まる集合を距離空間といいます. 距離空間においては, 距離を用いることで収束・連続・開集合・閉集合・近傍などといったさまざまな概念が明快に記述されます.

しかし, すべての集合で距離が定まるわけではありません. このような場合, 「繋がり」を記述するのは困難なように思われます. そこで必要となるのが位相の概念です. 集合の各部分集合が「開集合」であるかどうかを適切に決めた集合を位相空間と呼びます. 位相空間では距離を用いることなく, ある点に次第に近づいていく点や近傍の列, つまりは「繋がり」を表すものが記述されます. 「開集合」からはじめて, 集合の包含関係などをもとに考えることで, 先に述べた概念が距離の定まっていない空間においても記述されるのです. もちろん, より抽象的な議論が要求されますが, そのことでむしろ幅広い応用が利くようになっています.

本書では, まず数直線・平面といったなじみやすい対象から入り, その中で上に述べたような概念を導入していきます. その後, 一般の距離空間においてもそれらが導入されることを見ます. そして, 最後に位相空間における議論に入る, という形をとっています.

このように, 抽象的で初めはとっつきにくいであろう位相空間がいきなり導入されるのではなく, 親しみのある対象から順に説明されているので, 初学者にとっては大変読みやすい本だと思います. また, 本書はタイトルの通り, 30講から構成されており, 各講は非常に短くまとまっているので, 読み進めやすいというのも本書のいい点だと思われます.

予備知識については, 高校で習う程度の集合論を知っているといいかと思いますが, セミナー中にフォローできるかと思うのでそれほど気にしなくていいでしょう.

(文責:伊藤)

深谷賢治, "双曲幾何"

皆さんは, 「非ユークリッド幾何学」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

まずユークリッド幾何学というものがありますが, これはギリシャ時代のユークリッドがいくつかの公理を元として理論をまとめたことで有名であるもので, 普段学校で教わるような初等幾何のことと思って下さってかまいません. さて, ユークリッドが与えた公理の中に平行線の公理というものがあります. 簡単にいえば, ある直線とある点があったときに, その点を通りその直線に平行な直線が唯一つ存在する, というものです. 実は, この公理が本当に公理として必要なのかという疑問が投げかけられ, 長い間議論がされていました. そして, 最終的にはこの公理を満たさない「幾何学」が存在することが提示されることで解決にいたることとなりました. この「幾何学」を非ユークリッド幾何学といいます.

現在は, 非ユークリッド幾何学を考える際にはいくつかの方法があります. 本書では, 「双曲幾何」と呼ばれるものを, 式の計算・座標や微積分にもとづいて展開していきます. これはより一般的な幾何学であるリーマン幾何学への入門を意図しています.

1章ではまずリーマン球面の1次分数変換というものを考察し, 群と作用という数学の基本的な考え方が具体例を元に説明されます. 2章では, 上半平面モデルと円盤モデルという2つの双曲幾何のモデルが定義され, この2つのモデルが本質的に同じであることが証明されます. ユークリッド幾何学の「直線」に相当する「測地線」といった双曲幾何の様々な性質についても調べていきます. 3章ではさらに, 双曲面モデルというものを導入し, やはりこれが前出の2つのモデルと本質的に同じモデルであることが示されます. 最後となる4章では, 双曲面のタイル張りという話題が, 多くの図とともに解説されています.

セミナーでは恐らく1, 2章を中心に読むこととなると思います. 上にも述べた群と作用という考え方を身につけながら, 「幾何学」とは何か?ということを考えることができるのではないでしょうか.

予備知識は, 微積分や極限の初歩が必要になります(高校レベルのものを知っていれば十分です). また, 複素数や行列に慣れているのが望ましいです. 3章までいくと, 線形代数も使われます.

(文責:越川)

中島匠一, "数を数えてみよう"

本書は,「整数論」というその名の通り主に整数の性質を調べる分野を扱っています.

この本の特徴としてまず挙げられることは,ある一つの問題を解決することを目標として,ほぼ丸一冊かけてその目標を達成しているところです.導入される概念や命題はほぼすべてその問題を解決することに役立つものであり,「性質が次々と示されているが何に使うのか分からない」ということが起こりにくくなっています.

その目標とする問題というのは「フェルマー予想」に関連したものです.ご存知の人も多いかもしれませんがフェルマー予想というのは

nが3以上の整数のとき,
Xn+Yn=Zn
をみたす正の整数の組(X,Y,Z)は存在しない.

というものです.これは有名な超難問でフェルマーがこの予想を書き残した後300年以上経ってから解決されたわけですが,この本ではn=3の場合を考えます.とはいっても,n=3の場合の証明をするわけではなく,少し視点を変えてこの問題を眺めてみます.きちんと説明すると長くなってしまうので大まかに言うと,通常は「正の整数の世界」でX3+Y3=Z3という方程式に解が存在するかどうかを考えていたわけですが,本書では「素数pで割った余りの世界」で解の個数を数えるということを考えるのです.(素数とは,1と自分自身以外に約数をもたない2以上の整数のことです)

たとえば,p=2の場合を考えてみましょう. X3+Y3=Z3が成り立つようなX,Y,Zの偶奇としてはどのようなものがあり得るでしょうか.少し考えれば分かるように,X,Yがともに偶数もしくは奇数の場合はZは偶数になり,片方が偶数でもう片方が奇数の場合はZは奇数になります.つまり(X,Y,Z)としては(偶,偶,偶),(偶,奇,奇),(奇,偶,奇),(奇,奇,偶)の4通りが考えられるわけです.本書ではこのようなことを一般の素数pに関して考えます.

少し聞いただけでは何故このようなことを考えるのか分からないかもしれませんが,これは数学的に非常に意味のあることであり,その理由は序盤で解説されます.

本書のもう一つの大きな特徴としては,例が多く挙げられていることです.定理の主張と証明だけではなく,定理が成り立っていることなどを多くの例で確認しています.これによって,自分で手を動かし実際に計算してみることで定理の有難味がよりわかるようになるでしょう.

120ページと薄めの本なので,セミナー期間中にほぼ読み終わることが出来ると思います.予備知識はほとんど何も必要なく,中学数学さえ知っていれば十分という程度です.文字式と整数の簡単な計算が出来れば問題ありません.

整数が好きな人,今まで数学書をあまり読んだことがない人にお勧めします.この本を読むことによって,たとえ本に例が書かれていなくても自分で例を考えたり,概念が導入された動機を考えてみる癖をつけることができると思います.

(文責:栗林)

J. マトウシェク (著), 岡本吉央 (訳), "離散幾何学講義"

離散幾何学とは, おもに(有限個の)点, 直線, 平面, 円, あるいは凸集合といった図形の性質を調べる学問です. ただし図形の性質といっても, その「幾何的」な性質(たとえば長さ, 角度, 位相など)というよりは, むしろ「組合せ的」な性質を中心に調べる学問です.

たとえばErdős-Szekeresの定理というものがあります. これは「任意の自然数 k に対しある自然数 n が存在し, 平面内の(一般の位置にある)任意の n 個の点の中に, ある凸多角形の頂点全体となるようなうまい k 個の点が必ず存在する」という定理です. なお, これは2次元に限らず3次元, さらには高次元に拡張しても成り立ちます.

本書は, 離散幾何の教科書として書かれた本です. 基本的な概念の説明に始まり, 凸集合の交わりに関する性質, 点や直線や平面, 超平面の配置についての問題, 高次元凸図形の振る舞いなど, 重要でかつ興味深いいくつかのトピックが精選されており, それぞれについて豊富な内容が扱われています. その中には, 計算機科学など情報の分野とかかわりの深い話題も含まれます. また, 本書には説明を補足する図が多く載っており, 取っ付きやすく感じることでしょう. セミナーでは一つトピックを選び, そのトピックに関連する章を順に拾い読みしていくことになると思います.

要求される予備知識についてですが, 高校で扱われる程度のベクトルの概念を知っていれば恐らく問題ありません. 線型代数や微積分の初歩が要求されることがありますが, セミナー中に十分フォローできるのではないかと思います.

(文責:吉田)

宮野健次郎+古澤明, "量子コンピュータ入門"

この本は量子コンピュータの仕組みや,計算方法について扱った本です.量子コンピュータは未だ実用化レベルには至ってはいませんが,研究がある程度進められ,どのように量子コンピュータを設計すればよいのかがかなり分かってきました.

従来の(古典)コンピュータが,電気的に(かつては機械的に)情報を0/1の2通りいずれかをとるビットで扱うのに対し,量子コンピュータは,量子力学を利用して0/1が「重なり合った」状態(量子ビット)を扱うため,膨大な場合分けを要する計算(例えば大きな数の素因数分解)を理論上短時間で行うことができます.

本書では,量子力学に深入りはせず,量子ビットに対してどのような操作を行うことができるかについて述べた後に,具体的な計算への応用を考えていきます.量子ビットに対して行う基本的な操作を組み合わせ,最終的には量子コンピュータで高速に素因数分解をする「手順」や,計算を確実にするためのエラー訂正をする「手順」が与えられます.古典コンピュータが用いるand,or,notとは全く異なる方法で計算が上手く行われるところが新鮮でしょう.

必要な予備知識としては,複素数や一般の大きさ(n行n列)の行列の基本的な計算ができれば大丈夫だと思います.

(文責:片岡)

田中一之, "数学基礎論講義"

数学基礎論は数学自体を研究対象とする数学の分野で, 数理論理学と呼ばれることもあります.

皆さんの中には, 数学の魅力をその議論の厳密性に覚える人も多いかもしれません. では一体, 数学の厳密性は何によって保証されているのでしょうか. 大抵の数学書は, 定義(または公理)から始まり, 証明と呼ばれる演繹手続きを経て得られた結果を, 定理(または命題)という形にまとめています. エウクレイデス『原論』にまでさかのぼることのできるこの論証スタイルは, 議論が厳密であることを表す象徴として数学以外でも意識的に用いられてきました. この論証スタイルの強みは, 議論の前提としたい事実を公理, 定義と呼ぶことでその妥当性を不問とし, 定理の妥当性を証明の部分にもたせることにあります. そこで問題となるのは, 「証明」はどのようにして妥当性を帯びるのかということです. 「証明」において用いられる「推論」はどのように正当化されるのでしょうか. この疑問が基になって, 「証明」における妥当な推論形式を調べる学問, 即ち論理学(数理論理学)が生まれることとなります(数学基礎論においては「証明論」が扱う内容です).

基礎論は伝統的に「モデル理論」「公理的集合論」「証明論」「再帰理論」の4つの分野に分けられています. この4つの分野のうち本書は証明論と再帰理論を主に扱っています. 証明論とは数学における「証明」の構造に焦点を当てる分野です. まず, 数学における「公理」「定理」「証明」などを形式化し, それによって数学自体を数学的に解析することを可能にします. 歴史的にはゲーデルによる不完全性定理が有名です. 再帰理論とは自然数から自然数への関数について, それが計算可能であるとはどういうことかを研究する分野です. 不完全性定理の証明の重要なアイデアに, 論理式や証明を自然数に対応させるというゲーデル数化と呼ばれる手法があります. 計算可能性の概念はゲーデル数化を介して証明論に応用されます.

本書ではサブタイトルにもあるように, 不完全性定理の内容とその証明を理解することが前半のテーマとなっています. セミナーにおいてもこの前半部分を扱う予定です. 不完全性定理には「自然数論の公理系をどのように定めたとしても, そこには証明も反証もできない命題が必ず存在する」という第一定理と, 「自然数論の公理系をどのように定めたとしても, そこでは自らの無矛盾性を証明することはできない」という第二定理があります. 本書では不完全性定理を理解するための準備として, 述語論理と完全性定理, 再帰的関数について学び, その後不完全性定理の詳細な証明を与えています.

予備知識は高校範囲の集合論の知識を持っていれば十分です. 数学基礎論は情報科学や論理学, そして哲学にも深い繋がりがあります. そのような分野に興味がある人にも是非お勧めしたい本です.

(文責:中村)

井町昌弘・内田伏一, "フーリエ解析"

フーリエ解析とは,19世紀初頭にフーリエによって,熱伝導を記述する微分方程式を解くための道具として考えられたものです.

周期2πの関数f(x)(つまりf(x+2π)=f(x)を満たす関数)は(ある条件を満たせば),
f(x) = a0 + Σn=1( ancos nx + bnsin nx )
という形に展開できるということが知られており,この右辺をフーリエ級数といいます.一見三角関数と関係なさそうな関数もこのように三角関数の無限和の形で書けるというのは不思議です.このように,関数をより簡単な関数に分解することで,もとの関数の性質をより深く探ることができます.フーリエ級数展開を使って得られる結果としては,例えば,f(x)=x2 (-π≦x<π)のフーリエ級数展開から,

Σn=1 1/n22/6

という有名な式を導けることが知られています.他にも,フーリエ級数展開を使って,冒頭に書いたような熱伝導方程式や,弦の振動などを記述する波動方程式といった微分方程式を解くこともできます.

さらに周期を持たない関数に対してもフーリエ変換というものを考えることができ,この場合は無限和ではなく積分での表示となります.フーリエ変換も上記のような微分方程式を解くのに強力な手法です.

このフーリエ解析は微分方程式論など関数解析におおいに役立つことが知られていて,また物理学・工学でも非常に重要な道具となっています.

この本では,フーリエ級数展開・フーリエ変換について一通り学ぶことができ,その応用としてフーリエ解析を使った上記のような微分方程式の解き方を解説しています.そこまで進むことを目標にセミナーを進めていくことになります.各セクションが短く,例も豊富で読みやすく,セミナーも進めやすい本だと思います.予備知識としては,高校レベルの微分積分,複素数を知っていれば十分です.解析に興味がある人はもちろん,数学の物理への応用に興味がある人にとっても楽しめる内容なので,是非選んでみてください.

(文責:関)

〜洋書を読むにあたって〜

以下に紹介する3冊は洋書(英語の本)です.

洋書の数学書というと, 専門用語ばかりで全く分からないのではないかという印象を持つかもしれませんが, 決してそんなことはありません. 基本的に全ての専門用語は必ず定義が述べられるので, 知らない専門用語が突然現れることは (予備知識として仮定されている場合を除いて) ありません. また, 文法構造も単純なものばかりですので, 基本的には中学生程度の英語力で問題ありません. 難しいというよりも数学に独特の語法が多いですが, それもさほど多くのパターンがあるわけではないので, はじめは馴染めなくてもすぐに慣れてくるはずです. 洋書の専門書に触れる数少ない機会でもあると思うので, 恐れず積極的にチャレンジしてみるといいでしょう.

※洋書の選択を考えている人は(通常の)英和辞典を持参することをお勧めします. 数学英和辞典を持っているという方は, あわせてそちらも持参するとよいでしょう. 数学英和辞典を持っていない方は, こちらで何冊か用意して貸し出しますので買う必要はありません.

Joseph H. Silverman, John Tate, "Rational Points on Elliptic Curves"

y2 = x3 + ax2 + bx + c ( a, b, c は定数)の形の方程式が与えられたとき,この方程式をみたす点 (x, y) 全体のなす曲線を楕円曲線(elliptic curves)と呼びます.このような曲線が与えられたとき,この曲線に有理点(rational points: x 座標も y 座標も有理数である点)や整点(x 座標も y 座標も整数である点)がはたして存在するか,また存在するなら無限個か有限個か,という興味ある問題が発生します.一般にこのような問題に答えることは簡単ではありません.

楕円曲線特有の(一般の曲線にはない)性質として,曲線上にある 2 点を「足し合わせて」新たな点を得る操作が存在し,さらにこの操作による有理点と有理点の「和」はまた有理点になるということがあり,このことから,さまざまな深い性質が導かれます.

本書では,楕円曲線およびその上の「加法」の定義から出発し,与えられた楕円曲線のすべての有理点はある有限個の点を足し合わせることで得られる(群論の用語を用いれば,「有理点のなす群は有限生成である」)という Mordell の定理など,興味深い定理を証明していきます.(ただしセミナーではこの定理まで到達できないかもしれません.)丁寧に説明されていますので,はじめて楕円曲線に触れる人でも問題なく読み進められると思います.

高等な予備知識は特に必要ありません.高校レベルの座標幾何と多項式の微分を知っていれば十分でしょう.「(可換)群」について多少知っているとよいですが,必須ではありません.

なお 3 年前のJMO夏季セミナーに参加し本書を読んだ人は,別の本を選択する方がよいでしょう.

(文責:松本)

Jean Pierre Serre, "A Course in Arithmetic"

本書は大きく2つの部分に分かれています.今回のセミナーでは,本書のうちで整数論の解析的な取り扱いについて書かれている後半部分,つまり,

を扱います.

Chapter VIでは,素数の分布に関する次の定理を扱っています(Dirichletの算術級数定理):

a, m を互いに素な自然数とするとき, p≡a (mod m) なる素数 p が無限に多く存在する.

この定理の主張そのものは,非常に初等的なものですが,その証明は,現在のところ,恐らく解析(関数の性質を調べる)によるものしか知られていません.

解析的に素数の分布を調べるためには,素数の情報を反映した関数を考える必要があります.そのうち代表的なものが次の「Riemannの ζ 関数」です:

ζ(s)=1+2-s+3-s+4-s+5-s+….

これは一見すると素数とは無関係ですが,実は全ての素数についての簡単な関数をかけあわせて出来ることが分かります(「Euler積」).

このように素数の情報を反映した関数は,より一般に「 L 関数」と呼ばれます.ここでは特に素数を m で割った余りの情報を強く反映した「Dirichletの L 関数」を解析的に調べることで,上に述べたような素数についての定理を証明することが出来るのです.

Chapter VIIのテーマは保型形式です.本書で扱う保型形式とは,大まかに言えば,複素上半平面 { z=x+iy | y>0 } 上の関数 f であって, ad-bc=1 なる全ての整数 a, b, c, d に対して

f(z)=(cz+d)-2kf(az+b/cz+d)

という関数方程式( k は「重さ」と呼ばれる整数です)を満たすもの,として定義されます.(実際には「保型形式」とはもっと一般的な対象です.本書で扱われているのはそのうち最も簡単なタイプの保型形式に相当します.)

保型形式は解析的な色合いの濃い対象ですが,「素数の代数的な性質を集めて作られるある種の L 関数は,保型形式から作られる」という予想(Langlands予想)があるなど,代数と解析を結ぶ架け橋として数論的にも大変重要な対象と考えられています. Fermat予想の解決などの近年の重要な結果もここで述べたことの研究によるもので,保型形式は現代整数論のまさに中心的なテーマの1つとも言えます.

本書では,上述のように,最も簡単なタイプの保型形式を論じており,重さ k のものを全て求めたり,それから作られる L 関数の様子を調べるということが主な内容です.基本的な複素解析以外をほとんど用いずに保型形式の初歩を論じており,本書のこの章は,保型形式の入門的な解説書として高く評価されています.

内容の紹介は以上です.次に本書を選択するにあたっての予備知識について説明します.複素解析の基礎を予備知識として仮定します.具体的には

などが必要となります.

セミナー初日に必要な予備知識を担当チューターが簡単に説明するので一応はセミナー中に補うことは可能です.ただし1から全て証明するというようなことはせず,必要な定義や結果を整理する程度になるので,予備知識も含めてきちんと消化したい場合は,事前にある程度複素解析を勉強しておいた方がいいでしょう.

「どうやって勉強すればいいのか分からない」という方は,少し大きめの本屋や図書館などで「複素解析」「複素関数論」などという言葉がタイトルに入っている本を探して,そのうち一番読みやすそうな本を読み進めてみてください.所々消化できない部分があっても,雰囲気を掴んでおけば大丈夫だと思います.

(文責:西本)

J. H. van Lint, R. M. Wilson, "A Course in Combinatorics"

この本は, 組合せ論と呼ばれる分野のさまざまな話題を扱っています. 組合せ論とは, ある特定の条件をみたすものがどれくらい・どのようなものがあるかを調べたり, そのような良い条件をみたすものを実際に構成する方法を研究したりする学問です. 組合せ論の特徴としては, 扱う対象が初等的(具体的)であることや, そのため情報科学などの他の分野との関わりが深いことなどがあげられるでしょう.

たとえばこの本で扱われている組合せ論の分野のひとつに, グラフ理論というものがあります. これは, いくつかの「頂点」とそれらを結ぶ「辺」からなる「グラフ」と呼ばれるものを研究する分野です. たとえば, 有名なグラフ理論の問題に次のようなものがあります:

グラフのある頂点から出発して, 辺で結ばれた頂点に移動することを繰り返し, すべての辺をちょうど一度ずつ通ることができるか?

これは「一筆書きの問題」や「ケーニヒスベルグの橋の問題」などと呼ばれる有名な問題で, グラフ理論のおこりであるともいわれています. この本では, グラフの基礎的な事項を説明した後, 全域木, 彩色, 平面性などのトピックを扱っています.

また, 数え上げ組合せ論と呼ばれる分野の話題も登場します. これは, ある特定の性質をもったものの個数を求めること, およびそのための手法に関する分野です. この本では, 数え上げ組合せ論におけるいくつかの有名な問題や, 数え上げの手法である包除原理, 母関数, Polyaの数え上げ理論などを扱っています.

他にも, ブロックデザインの理論や符号理論など発展的な話題も含まれています.

この本は, 上に述べたようなさまざまな話題について, 他の話題とは(わりと)独立にいくつかの章が割かれている形になっています. 実際のセミナーでは, 参加者の希望によりいくつかの話題を選び, 読む箇所を決める形になると思われます. 線形代数や有限体・有限群などが出てくる章もありますが, はじめのほうの章の多くはそういった予備知識を仮定せず読むことができます. より発展的な話題に立ち入りたい人は, セミナー前にこういった分野について自習をしておくのも良いのではないかと思います.

(文責:渡部)